2001/04/13 (金)
● 経営士会の会報「MANAGEMENT CONSULTANT」に載りました 『多彩な人脈を駆使したコンサルタント 鞄結梵V研 代表取締役 遅野井 孝夫 先生(会員No.1079)』
◆技術開発をした商品を売るために販売の経験を 非常に稀有なお名前で、初めてお会いした時はお互いに「珍しいお名前ですね」と、しばし名刺に見とれた。 細身の体にパワーを秘めて、メーカーの設計部門へ就職をし、工作機械の設計を担当。高性能な機械を設計したため、「営業担当者では製品説明が十分できないので、設計者本人が出向いて説明したほうが良い」と販売に立ち会い、技術分野と販売現場の両面に携わることになる。 その後、中古車の輸出業を友人とともに経営するが、取引国の中古車輸入禁止を気に独立し、30歳で工作機械の専門商社を設定する。業界は一時、120社で1兆4,000億円の規模であった。その頃同社は、100億円の売上で70名の社員を擁していたが、バブル崩壊後の1996年には業界は110社で4,000億円までに縮小した。 そこそこのシェアを保っていたが、3月に工作部門を閉めて社員を独立させ、以前から60歳になったら新しい仕事に着手しようと考えていたので、1年早かったが59歳でコンサルタントを開業したとのこと。
◆倒産防止と新規事業立ち上げを専門に 工作機械の商社時代の取引先が500社、おつき合いしていた方は約700名、DM発送先は5,000社に上っていた。商社時代から取引先の相談に乗る機会も多く、その延長線上でコンサルタント業へは非常に円滑に移行することができた。コンサルタントは倒産防止と新規事業の立ち上げのみに絞り込んでいるが、1日に3件もの会社が閉めたいと駆け込んできたこともある。 これまでつき合ったクライアントは、すべて現在も盛業しており、相談内容から見て、「中小企業の経営者はあまりにも狭い視野と固定観念に縛られる傾向が強いので、身近に相談相手を持つことが不可欠でしょう」とのこと。 開設当時は工作機械関係のみであった交流会を異業種に広げ、新規事業立ち上げの支援のために、多い時には毎週土曜日に開催していた。若手のIT関係者を主として、あらゆる部門の多彩な面々が新規事業のネット作りや情報交換に集い、5年間で膨大な人数になってしまい、ここのところ休会。また再会する予定であるが、20代の若手の参加を楽しみにしつつ、現在も1,000社にDMを送付してコンサルテーション情報を提供している。 最近立ち上げ支援した事業で、成功している例は2件とも30代はじめの若者たち。時代を担う青年たちを支援して経営者を育て、その活躍ぶりを見ることが楽しみであり刺激となって、遅野井先生のダンディで若々しい雰囲気をつくっているのだろう。
◆企業の生き残りはITで決まる 中小企業が大企業と戦うにはITがなければ生き残れず、特に、販売部門は全国(世界中とは言いがたい)の生活者を対象にビジネス展開することができる。仕入れる、買う、売る、PRが一挙に行えるコンピュータに30万円から50万円の投資をして、20代の息子に「これをやってくれ」、「こんなことがしたい」と注文をつけて経営改革を行えば、企業は精彩を放ち生き返る。設計の受注とプレゼンをコンピュータで行い、営業をなくし膨大な費用を節約した事務所もある。「中小企業にコンピュータとコンサルタントが必須」と語る遅野井先生は、若手をベンチャーキャピタルに繋ぎ瀕死の会社に息吹を吹き込む救世主と言える。 益々のご活躍とご発展を期待しております。 (広報委員 鈴野智子)
--------------------------------------------------------------------------- 〜〜〜遅野井先生のプロフィール〜〜〜 略歴 昭和13年4月13日生 A型 昭和46年 株式会社新研グループ設立 昭和51年 (社)日本経営士会に入会 平成8年 経営コンサルタント業開業 産業能率大学能率学科卒/工学院大学専門学校機会科卒 平成13年6月より 工学院専門学校同窓会会長
好きな言葉 袖ふれ合うも多生の縁/一期一会/惻隠の情 好きなもの 酒、美しいものなら何でも、絵画、陶器、音楽、彫刻 ライフワーク 睡眠の研究 夢 出版社の設立、映画製作、養老院の設立 ---------------------------------------------------------------------------
「MANAGEMENT CONSULTANT」2001.4月号より
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